年齢別の基準表を載せない理由
結論から言うと、ネットで見かける年齢別のHRV表を、自分の時計の数字と並べても意味がありません。測り方が違うからです。HRV研究の総説(ShafferとGinsberg 2017)は、24時間の記録・短時間の記録・超短時間の記録から作られた常模値は互いに置き換えられないと注意を促しています。夜通し手首の光学式センサーで測った値は、そのどれとも同じ条件ではありません。
「人数が多い表なら信用できる」も成り立ちません。8万4772人を解析したLifelines研究(Tegegne 2020)が測ったのは10秒の安静時心電図、Umetani 1998は24時間ホルターで260人です。しかも結論の向きまで変わります。24時間の研究では30歳未満で女性のほうが低いのに、1万3943件の10秒心電図(van den Berg 2018)では男女差はごくわずかでした。だからこのツールは表を持たず、あなた自身の5〜30夜だけで「いつもの範囲」を作ります。
あなたの数字はRMSSD? それともSDNN?
同じ夜でも、機種が違えば数字は簡単に2〜3倍ずれます。実際に「WHOOPは200〜300なのに、他のデバイスでは60〜90」というユーザー報告があります(r/whoop 1uxy9xp)。原因の多くは体調ではなく指標の違いです。Appleの開発者向けドキュメントによれば、ヘルスケアが記録するHRVはSDNN。一方でGarminの公式ページはHRVステータスをRMSSDと説明しており、Oura・Polar・WHOOPもRMSSDです。
| デバイス | 夜間HRVの指標 |
|---|---|
| Apple Watch/ヘルスケア | SDNN |
| Garmin(HRVステータス) | RMSSD |
| Oura | RMSSD |
| Polar(Nightly Recharge) | RMSSD |
| WHOOP | RMSSD |
| 胸ベルト+アプリ | 多くはRMSSD |
SDNNとRMSSDを換算する式は、少なくとも研究には見当たりません。実務上の対処はひとつだけ——同じデバイス・同じ指標・夜間の値だけを並べることです。機種を替えたら、そこからベースラインを作り直してください。Apple Watchユーザーもこのツールはそのまま使えます。自分の夜どうしを比べるだけなので、SDNNの並びでも判定は成り立ちます。
飲んだ夜の1晩は、平均をあと何日引きずるか
1晩の異常な低さは、その夜だけでは終わりません。WHOOPの公式コミュニティでは、スタッフが「現時点では、個々の夜をHRVベースラインの計算から除外することはできません」と回答しています(2026年2月、トピック13515)。別のスタッフの説明も「データを削除することは勧めない、ベースラインは2〜3週間で正常化する」でした(トピック6472)。つまり飲み会や熱っぽかった夜の1回は、しばらく平均に居座り続けます。
等重みの7日平均のような読み値では、居座る長さは単純な引き算になります。7 −(その夜からの経過日数)——4日前の外れ値なら、あと3日ぶん数字を下に引っ張る計算です(各社の内部計算式ではなく、本ツールの工学的な目安です)。このツールはロバストz(|z| > 2.5)で外れ値の夜を除いてから範囲を作り、その夜の影響があと何日残るかを表示します。低い日が数日続くときは、練習量そのものが説明になっていないかをトレーニング負荷計算機で確かめてみてください。
レース週に下がるのは、よくあること
テーパリング(レース前に練習量を落とす期間)に入るとHRVが下がる——これは珍しい話ではありません。英語圏のランナー掲示板にはこの現象を指すtaper tantrum(テーパー期のぐずり)という呼び名まであり(r/AdvancedRunning 1gu192h)、ウルトラ系のスレッドで最も支持されたコメントは「レース前は無視しろ」でした(r/ultrarunning 1gl3olp)。睡眠も生活リズムも緊張感も同時に変わる週なので、数字が動くほうが自然です。
逆に、高ければ安心とも限りません。トライアスリート21人を2群に分けた研究(Le Meur 2013)では、練習量を意図的に増やして機能的オーバーリーチングに入った群は、走テストの成績が9.0%低下したのに、Ln RMSSDの週平均はむしろ上がっていました。だからこのツールは「レースまで7日以内」を選ぶと、低い日の読み方を変えます。HRVは目安であって、走るかどうかを決める指示ではありません。